三浦梅園資料館オープン記念行事における記念講演

電脳梅園学-インターネットの中の三浦梅園-
                                            (平成12年10月25日)

【はじめに】                                                              

  ただいまご紹介にあずかりました三浦梅園研究所の北林でございます。三浦梅園
研究所というのは、インターネット上の研究所でありまして、実体としてはどこに
も存在しておりません。強いて言いますならば、3台のパソコンが並んでいる私の
書斎が研究所であることになりますが、各大学の人文科学系の研究者には「三浦梅
園研究所」という名前で認知されているようです。これからは、このようなインタ
ーネット上の研究所が増えてくるのではないかと思います。それではさっそくお話
に移りたいと思います。                                                    
  いまスクリーンに映っているのが【三浦梅園の謎を解く】というホームページで
す。ホームページそのものを作り始めたのは、3年ほど前からですが、ここで紹介
されているデータは10年ほどまえからコツコツ作り続けたものです。いまご覧い
ただいているものが最新版ですけれども、データや新しい解釈はどんどん増やして
いくことができます。                                                      
  このホームページを見ていただいた方が累計で1万人に達しましたときに、記念
としてCD-ROM版【三浦梅園の謎を解く】を製作しました。ご希望の方には無償で差
し上げております。                                                        

【玄語とインターネット】                                                  

  コンピュータを使って研究し、インターネットを使って公開する場合、非常に都
合がいいことのひとつは、他のホームページとリンクを張れるということです。リ
ンクというのは、耳慣れない言葉だと思いますが、インターネットは、コンピュー
タ同士が、一定の手続きによって互いに結び合わされることによってできています。
たとえば、いま、画面に出ている国東半島の絵の中央にある「三浦梅園旧宅」とい
う文字に画面上の矢印(これをポインタと言います)を合わせて、手元のマウスと
いう小さな機械に付いているボタンを押します(この操作をクリックといいます)
と、こういうふうに梅園の里のホームページが表示されます。梅園の里のホームペ
ージには「三浦梅園研究所」がリンクされておりますから、必要なときにお互いに
呼び出すことができます。これはインターネットが実現した非常に便利な機能です。
これと同様のリンク付けが、一台のコンピュータの内部でもできます。これからそ
のリンク機能を使った「玄語」研究をお目にかけたいと思います。『玄語』という
書物をリンク機能を使って解説できるということは、『玄語』が時代の最先端を行
くインターネットと同じリンク構造によって書かれていることを証明するものでも
あります。                                                                




  たとえば、国東半島の絵のとなりに「同胞胎図」という図が表示されておりま
す。この図をクリックしますと、その解説が表示されます。ここに書かれています
のは、私個人の解釈であります。しかしながら、両子山(ふたごさん)のふもとに
生まれ、両子川(ふたごがわ)の水で育った三浦梅園が、双子という発想で宇宙を
構造的に理解していたことは、梅園の思想が土地の思想であることの何よりの証拠
となるものであります。また梅園が生まれたのは、江戸というまことに穏やかな時
代でありながら、思想的には近代に向かっての胎動が日本の思想家たちの中に芽生
えていた時代でもありました。そのような日本の近代が、梅園の思想にも色濃く繁
栄しております。ですから、この図を見ても、三浦梅園の思想は土地と時代が生ん
だ思想であると、そう断言しても差しつかえないと思われます。                
  いま「同胞胎図」の「同胞」という文字に注目しますと、そこから「天地」と
「転持」という語に枝分かれしていることが分かります。そのうちの「転持」がど
ういう意味を持つ語であるかを知るには、下に示された「転持図」を見ればよいこ
とになります。この図は、同心円の中に放射状の直線群が囲まれるように描かれて
おります。同心円の部分が「転」の領域で、それに囲まれた放射状の直線の領域が
「持」(じ)の領域です。「転」は、天体が回転運動をする領域で、「持」は、雲
が昇り、雨が降るというような、自然界の昇降運動が起きる領域を示しています。
  アメリカのスペースシャトルやその他の人工衛星などは、放射状の直線に一番近
い最初の円周付近を飛んでいることになります。宇宙とは言っても地球にごく近い
ところをぐるぐる回っているに過ぎません。ですから地球を中心として見ますなら
ば、梅園先生が描いたこの図のように、自然界の回転運動と昇降運動はごく近接し
た部分にあると言っても良いわけです。この図の最外周の円は天球に一致します。
その間には太陽系の惑星があります。それを梅園は「運図」(日影図)と「転図」
(水燥図)として描いております。地球を中心とした惑星の配列と、太陽を中心と
した配列を並べて描かれているわけです。                                    




  これらのことから分かりますことは、梅園先生が、天球をひとつの生命体として
見ていた、考えていたということです。天球生命体の思想とでも申しましょうか、
そういうものとして宇宙を見ていたわけです。近年「ガイアの思想」というものが
もてはやされております。地球をひとつの生命体として見ようという思想ですが、
梅園先生は200年以上も前に、天球をひとつの生命体としてみるという思想をす
でに作っていたのです。しかも、非常に強固な論理性を以てその思想を展開してお
られる。そしてすでに申し上げましたとおり、その思想がコンピュータとコンピュ
ータのネットワークであるインターネットと非常によく似た構造を持っているわけ
です。そこに地球規模での大きな将来性を見ることができるのは、当然のこととい
えるでしょう。                                                            

【ニュートンと梅園-西洋人と東洋人の発想の違い-】                        

  もう一度「転持図」を見てみましょう。梅園先生は地球表面の上昇・下降の運動
と人工衛星のような回転の運動を、相反するものとして描き分けています。自然界
のふたつの運動様態として、それらが融合することはないと考えていたわけです。
これと正反対の考え方をした人が西洋にいます。アイザック・ニュートンです。
  ニュートンは、落ちてきたリンゴを見て、上がる・下がるという直線的な運動と、
月が地球を回るような回転運動が本質的には同じものなのだと直感したといわれて
います。これはたぶん後世の作り話でしょうが、良くできた話です。ニュートンは、
このときひとつの数学的な式で、ふたつのまったく異なる運動を説明できることに
気づいたのでした。そしてそれは大砲やミサイルの弾道計算から、月にアポロ宇宙
船をとばすような壮大な試みに至るまで、間違いのないものとして使われ続けてい
ます。しかしながら、それは物体にしか適用できない理論体系です。生命体にその
まま適用するわけにはいきません。                                          
  たとえば宇宙飛行士のことを考えてみましょう。宇宙飛行士は人間です。彼らを
たんなる物体として扱うわけには行きません。人間ですから宇宙服で身体を守って
あげねばなりませんし、衣食住を満たしてあげねばなりません。つまり、地球での
生活環境を、宇宙船や宇宙服に密封したうえで、宇宙に送ってあげねばならないの
です。そうした上で、その重量がいくらだとか、それを宇宙にとばすのにどれくら
いの推力のロケットがいるとか、燃料はどれくらい必要だとか、どの軌道をとばす
かというようなことは、ニュートン力学で計算できるわけです。ここではニュート
ン力学で計算できるものに優先して、人間の生活環境というものが考えられている
わけです。宇宙船は軽い方が良いのです。だからといって、食料や水を乗せないわ
けには行きません。ですから、ものごとの順位としては、人間の生活環境が力学的
な計算に優先していることになります。                                      
  そこで、人類や他の生物が生活している地球という大きな宇宙船に目を向けてみ
ましょう。バックミンスター・フラーが作った「宇宙船地球号」という言葉はあま
りに有名ですが、地球という宇宙船には、アポロ宇宙船と同じように、環境を保護
するためのさまざまな仕組みがあります。その仕組みのひとつが重力であり、これ
によって水や大気が宇宙空間に逃げないようになっているわけです。宇宙船には重
力がありませんから、頑丈な船体といろいろな機械で空気や温度を一定の状態に保
たねばなりません。                                                        
  こうして考えていきますと、放射状の直線の領域は地球の重力によって、地球環
境を保つために必要な水や大気や熱が閉じこめられている領域であると言って良い
ことが分かるでしょう。その外の同心円の領域は、自然な状態では地球の生物が生
息できない宇宙空間です。ここでは、さまざまな天体が回転運動をしています。そ
れらは物体の運動法則に逆らうことはありません。生きてはいないからです。    
  このように、たんなる物体としての地球にではなく、生命が存在する地球環境と
いうものに着目しますならば、ニュートンとはまったく異なった三浦梅園の発想が
非常に現実的なものであることがわかってきます。また地球環境の破壊が問題にな
っている現代においては、環境を破壊する要因になっている西洋の自然科学とは違
った、環境を保護する立場に立つ新しい自然科学の芽生えをそこに見ることができ
るかも知れません。                                                        
  ニュートン力学や相対性理論に代表される西洋の自然科学と三浦梅園の思想を対
比させ、相互補完的に見ることで、新たな科学の視野が開けてくる可能性があると
考えられるのです。もとより、梅園学の要諦である「反観合一」は、天地万物を相
互補完性においてみることを意味するものであります。西欧自然科学と三浦梅園の、
また東洋の思想を相互補完性においてみることは、現代における「反観合一」の実
践となりうるでしょう。                                                    

【解けない謎に迫れるか】                                                  

  先ほど「同胞胎図」に関して申し上げましたとおり、梅園の思想はこの安岐と
いう土地が生んだ江戸の思想です。しかしながら、両子山、両子川のあるこの土地
で、なぜ天地自然をふたつ・ふたつに分けるという方法でひとつの自然学の体系が
作られたのかは、まったくの謎であります。土地から得た霊感のようなものがあっ
たように思われます。その故に、この土地を生涯離れようとしなかったのかも知れ
ません。歴史の中では、こういうことがまれに起きるのですが、三浦梅園の場合は
まことに典型的な事例であると申し上げて良いように思われます。あまりに典型的
であるが故に、安岐の土地と三浦梅園の学問の関係は、人類の歴史の中でも稀少な
価値を持っていると言って差しつかえないでしょう。ガイアの思想を超えた天球生
命体の思想が、実に強固な論理によって、江戸中期のこの土地において誕生したの
です。                                                                    

【梅園三語は三浦梅園の国家論】                                            

  さて、ホームページの表紙に戻りましょう。いま見たところの下に、梅園三語が
全体として示すものが何であるかを、私なりに示してあります。                

  [玄語]+[贅語]+[敢語] = 国家の論理モデル                              

と書いております。私は、梅園先生は、この三つの著作によって国家の論理モデル
を描こうとしたのだと思います。国家と言うより「天下」つまり、いまの言葉で言
えば世界の論理モデルを作ろうとしたのだと思っていますが、ここでは国家として
おきます。                                                                
  『玄語』は、縦・横が非常にはっきりしておりまして、ちょうど家のような建築
物にあたります。『贅語』は家を造るために集めた沢山の材料で作られた庭のよう
なものだと思います。『贅語』の研究も一部の研究者によって進められております
ので、資料館が中心となってその研究成果を集めることが必要かと思われます。  
  家があり、庭があるだけでは、いけません。人間が住んでいなければいけません。
そうして人間が住んでいると、敢えて言わねばならないことがでてくるものです。
それで『敢語』が書かれたのだと思います。                                  
  私は『玄語』の最終稿本の解読と電子文書化で手一杯で、とても『贅語』や『敢
語』にまで手が回らないのですけれども、これらの解読と電子文書化が為されなけ
れば、梅園思想の全体像は分からないと言って良いのではないかと思います。    

【電子文書化によって明らかにされつつある『玄語』の謎】                    

①インターネット以前の作業で明らかになったこと                          
  いま申し上げましたとおり、私は『玄語』の解読と電子文書化だけで難行苦行し
ている訳でありますけれども、電子文書化されて始めて明らかになったこともあり
ますので、これからそれをご紹介したいと思います。                        
  『玄語』はこれまで散文的な書物として扱われてきました。つまり難解ではある
が、漢文で書かれている一般の書物と変わりないものと思われてきました。しかし
電子文書化を進めていくにつれ、『玄語』が明確な記述法と構造を持った文書であ
ることがわかってきました。                                                
  記述という点から説明しますと、『玄語』は白点と黒点によって隣り合った文章
がきちんと一対になるように書かれています。これは部分的にはすでに指摘されて
いたことなのですが、最後まで編集してみた結果、たとえ話のような例外を除けば
『玄語』全文がこのように書かれていることが判明したのです。たとえば、次のよ
うな文章をみてください。                                                  

  天地を分てば〉則ち転持は合す〉                                          
                    天体は自ら虚なり〉                                    
                    地体は自ら実なり〉                                    
                    転を貫して直なり〉                                    
                    持に徹して円なり〉                                    
                    動を以て形を為さず〉                                  
                    直円は混成す〉                                        
  転持を分てば》則ち天地は合す》                                          
                    転気は自ら精なり》                                    
                    持気は自ら麁なり》                                    
                    地を貫して矩を為す》                                  
                    天を転して規を為す》                                  
                    静を以て形を為さず》                                  
                    規矩は粲立す》                                        

内容はおわかりにならないかもしれませんが、記述が整然とした対称性を持ってい
ることはわかると思います。梅園は文章が極力対称形を為すように配慮しており、
ほとんどの場合、字数まできちんとそろえています。しかし、もとの稿本からはこ
のことは分かりません。写本939で該当する部分を確認してみましょう。      




  『玄語』全文をこのように編集するのに、原文と訓読と合わせて、およそ160
0時間ほどかかりました。その後『玄語』の構成に従って、階層ディレクトリ構造
と言われるコンピュータ特有の構造に当てはめて整理してみたところ、『玄語』は
スポンジに水が吸い込まれるように、その全体が階層ディレクトリ構造に収まって
しまったのです。つまり『玄語』は、今日のコンピュータのオペレーティング・シ
ステム(以下OS。マイクロソフトのウインドウズやアップル社のマックOS、ユ
ニックス、リナックス、国産のビートロンなどがある)と同じ構造を持っているこ
とが判明したのです。これは私にとって驚くべき発見でした。                  
  これを6年前に学会誌で発表したのですが、コンピュータを使った研究をする人
がいなかったため、まったく何の反響も得られませんでした。漢文を扱う人にとっ
て、コンピュータは縁遠いものなのでしょう。今では、インターネットの普及によ
って、多くの人が『玄語』のこのような特性を理解するに至っていますが、それは
これまで三浦梅園の研究をしてきた人たちではなく、若い新しい世代の研究者です。
  3年前に私は3ヶ月ほどかけて、それまで作っていたデータをインターネットに
合うように再編集しました。それがいま御覧いただいている『玄語』目次のテーブ
ル表示です。テーブル表示をすると『玄語』の構成が一目瞭然に分かります。これ
を見ると、最終的には『玄語』が全体の構造を綿密に設計された書物として書かれ
たことが分かるでしょう。いったい梅園は、いつ頃からこのような書き方をするよ
うになったのでしょうか?  初めは、こういう構想はありませんでした。いったい
どの稿本からこのような特徴が現れたのでしょうか?  これについては今後の詳細
な文献調査を待たねば分かりません。三浦梅園資料館における今後の調査課題とい
えるでしょう。                                                            
  いまたとえば「地冊没部」を見てみましょう。「地冊の構成」を見ますと「地冊」
が「没部」と「露部」からできていることが分かります。条理の式である「一即一
一」に従って「地冊」は「没部」と「露部」に分かれます。「没部」は「天界」と
「機界」に分かれ、「天界」は「宇宙」と「方位」に、「機界」は「転持」と「形
理」分かれます。ここまでは二分岐が続いています。これ以後は、多分岐になりま
すが、ご覧いただければお分かりになりますように、展開の階層はきちんとそろえ
られています。                                                            

第四冊地冊没部の構成
没部
天界
宇宙
四界 17 04860-0486969~ 写本939浄書本安永本
通塞 18 04870-04900 写本939浄書本安永本
今中 19 04901-05028 写本939浄書本安永本
期物 20 05029-05059 写本939浄書本安永本
人境 21 05060-05095 写本939浄書本安永本
覆載之経緯 22 05096-05222 写本939浄書本安永本
循環鱗比 23 05223-05358 ~74写本939浄書本安永本
方位
方位 24 05368-05400 75~ 写本939浄書本安永本
形体 25 05401-05432 写本939浄書本安永本
四紀 26 05433-05716 ~76写本939浄書本安永本
機界
転持
動静 27 05722-05768 77~ 写本939浄書本安永本
本通塞神物 28 05769-05808 写本939浄書本安永本
歳運転時 29 05809-05837 写本939浄書本安永本
入形理 30 05838-05910 写本939浄書本安永本
天地水火 31 05911-05995 写本939浄書本安永本
運転GH 32 05996-06023 写本939浄書本安永本
天象運行 33 06024-06186 写本939浄書本安永本
小物 34 06187-06274 写本939浄書本安永本
委曲入機 35 06275-06286 ~79写本939浄書本安永本
形理
形理 36 06293-06348 80~ 写本939浄書本安永本
正形 37 06349-06484 写本939浄書本安永本
入斜 38 06485-06577 写本939浄書本安永本
塊L邪曲 39 06578-06703 写本939浄書本安永本
総論 40 06704-06826 ~82写本939浄書本安永本
写本939をクリックすると写本の画像が表示される。自筆稿本も同様に取り扱える。

  「宇宙」は「四界」から「循環鱗比」までの七つの項目に分かれます。この項目
はコンピュータで言うところのファイル・ネームにあたります。梅園は、明確に意
識してコンピュータ構造の書物として『玄語』を書いているのです。これは驚くべ
き事実というほかありません。                                              
  「四界」という名前が付けられた文章には、17という番号が振られています。
私のデータ整理では「四界」は17番目のファイルになっています。これをクリッ
クしますと「四界」の原文が表示されます。訓読を参照したい場合は「訓読はこち
ら」という文字をクリックすると訓読が表示されます。                        
  さらに画像データで杵築梅園文庫にある「写本玄語」を参照したければ「写本939」
という文字をクリックすることによって写本の画像データの「四界」の部分が表示
されます。パソコンを使えば、実に簡単な操作でこのように江戸時代の稿本類を参
考にしながら研究を進めていくことができます。                              
  当然、この資料館に納められている自筆稿本類も同じような手法でデータベース
化することができます。画像データは、全世界のパソコンで見ることができますか
ら、資料館での作業が進めば、三浦梅園の研究は全世界で同時進行的に行われるよ
うになるでしょう。インターネットは、国境を越えた共同研究を可能にしてくれる
のです。                                                                  

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